昔むかしあるところに・・・
などと始まる昔話やおとぎ話などの類を民話というようです。
具体的には、言い伝えが伝説化したような、人々の間で伝承されてきた、作者不詳の物語のこと。
国語辞書(大辞泉)で調べてみると。。。
『民衆の生活の中から生まれ、民衆によって口から口へと伝えられてきた説話。昔話・伝説など。民間説話。民譚(みんだん)。』
となっていました。
日本だけでなく世界中に民話というものがあります。
作者不詳というと、著作権が存在しないように思われがちですが、
受け継がれた話自体には著作権が存在しません。
伝わる間に、多少付け加えられたり削られたりしたものは、著作権が認められにくいそうです。
逆に、ちゃんとした物語の構成を付け新しく創作した場合、著作権が認められるそうです。
私達が読んできた本にはちゃんと、『○○の本を参考にしました』
と、参考書籍の詳細が書かれていると思います。
おかげで、本を読むことが出来るのでとても感謝します。
子供と一緒にいろいろなお話を読んでいきたいと思います。
木仏と金仏
木仏と金仏(きぼとけとかなぼとけ)
あらすじ
金の仏さまを持つ大尽(だいじん=お金持ち)と
かぶった(木のかぶ)の仏さまを見つけた下男(げなん)が
それぞれの仏さまに相撲をとらせるというお話。
さてさて、何で仏さま同士に相撲をとらせることになったかというと・・・
元々下男は仏様なんかもっていなかった。
働きもんだがとても貧乏をしとった。
その下男が山に芝刈りに行ったとき、ころがっとるかぶったが
仏さまのかっこうに見えた。
それを持ち帰って大事に拝んどった。
ある日、よく働いてくれるみんなに大ごっつお(ごちそう)をふるまった。
もちろん大尽は金の仏さまにもお供えした。
木仏を大事に大事にしてる下男。たくさんの大ごっつおを全部
木仏さんの前にお供えした。
それを見た大尽が聞いた。
「何でおまえはごっつおを食わん?」
下男はこう答えた。
「だんさん(だんなさん)のような立派な仏さまじゃないけんど
こんな大ごっつおをわしの仏さまにも食わしてやりたい」
それを聞いた大尽が
「そらぁ、感心だ。なら、わしの金仏さまとお前のかぶったの仏さまと
相撲をくませめえか?(組ませないか)。
そいで、お前のかぶったの仏さまが勝ったら、わしの財産そっくりやる。
わしの金仏さまが勝ったらお前は一生わしの家で奉公することにすめえ」

とまぁ、こんないきさつで、金仏さまと木仏さまが相撲をとることになった。
どっちの仏さまが勝つと思う?
まぁ、仏さまが相撲をとるなんて考えられないんだけど。
結果は、なんとかぶったの仏さま。
木仏さまが勝ったのです。
約束どおり、大尽は金仏さまを背負って出て行きました。
そして、山をてんてん歩きながら金仏さまに聞きました。
「何で負けたんじゃろ?」
すると金仏さまが答えました。
「私は1年に2,3度しかご飯をもらっていないから、力がどうにもだせん。だが、あのかぶったの仏は 毎日3度3度の飯をもらっとる。」
下男は大事な仏さまには3度3度、毎日備えていた。
大尽は大事な仏さまを仏間の奥にしまって、年に2,3度の大ごっつお。
こんなお話が、「木仏と金仏」です。
岐阜県にまつわるお話だと思っていたんですが、
同じような話が山形県にもありました。
タイトルも同じwww。
山形弁のお話も読んでみてはいかがでしょうか?
http://www.yamagata-info.com/story/kinbotokekibotoke/index.htm
このお話には悪い人は出てこないので、のんびり聞かせてあげたいお話です。
あらすじ
金の仏さまを持つ大尽(だいじん=お金持ち)と
かぶった(木のかぶ)の仏さまを見つけた下男(げなん)が
それぞれの仏さまに相撲をとらせるというお話。
さてさて、何で仏さま同士に相撲をとらせることになったかというと・・・
元々下男は仏様なんかもっていなかった。
働きもんだがとても貧乏をしとった。
その下男が山に芝刈りに行ったとき、ころがっとるかぶったが
仏さまのかっこうに見えた。
それを持ち帰って大事に拝んどった。
ある日、よく働いてくれるみんなに大ごっつお(ごちそう)をふるまった。
もちろん大尽は金の仏さまにもお供えした。
木仏を大事に大事にしてる下男。たくさんの大ごっつおを全部
木仏さんの前にお供えした。
それを見た大尽が聞いた。
「何でおまえはごっつおを食わん?」
下男はこう答えた。
「だんさん(だんなさん)のような立派な仏さまじゃないけんど
こんな大ごっつおをわしの仏さまにも食わしてやりたい」
それを聞いた大尽が
「そらぁ、感心だ。なら、わしの金仏さまとお前のかぶったの仏さまと
相撲をくませめえか?(組ませないか)。
そいで、お前のかぶったの仏さまが勝ったら、わしの財産そっくりやる。
わしの金仏さまが勝ったらお前は一生わしの家で奉公することにすめえ」
とまぁ、こんないきさつで、金仏さまと木仏さまが相撲をとることになった。
どっちの仏さまが勝つと思う?
まぁ、仏さまが相撲をとるなんて考えられないんだけど。
結果は、なんとかぶったの仏さま。
木仏さまが勝ったのです。
約束どおり、大尽は金仏さまを背負って出て行きました。
そして、山をてんてん歩きながら金仏さまに聞きました。
「何で負けたんじゃろ?」
すると金仏さまが答えました。
「私は1年に2,3度しかご飯をもらっていないから、力がどうにもだせん。だが、あのかぶったの仏は 毎日3度3度の飯をもらっとる。」
下男は大事な仏さまには3度3度、毎日備えていた。
大尽は大事な仏さまを仏間の奥にしまって、年に2,3度の大ごっつお。
こんなお話が、「木仏と金仏」です。
岐阜県にまつわるお話だと思っていたんですが、
同じような話が山形県にもありました。
タイトルも同じwww。
山形弁のお話も読んでみてはいかがでしょうか?
http://www.yamagata-info.com/story/kinbotokekibotoke/index.htm
このお話には悪い人は出てこないので、のんびり聞かせてあげたいお話です。
帰雲城伝説
地図でははっきりした位置がわかりませんでしたが
世界遺産にもなっている白川郷
そこにあるのが帰雲城(かえりぐもじょう)伝説。
私はきうんじょうだと思っていました。
御母衣ダムの北側にあると言う
大野郡白川村大字保木脇の周辺地図
さてこの帰雲城伝説とは?
これは天正13年(1586年) の大地震の際帰雲山が大きく崩れた。
そのふもとにあった帰雲城とその城下町も岩が落ち全て飲み込まれた。
帰雲城は戦国時代に白川郷に進出した内ヶ島氏の居城で、
1464年に保木脇に建てられた。
そのころ金山を所有・採掘していたため城とともに黄金が埋蔵しているのではないかと言われている。
その金額は何億とも推測されている。
いわゆる「黄金埋蔵伝説」
昔話とも違い歴史になぞらえ言い伝えられている話だが
調べてみると、実際に掘った人はいるようだが発見はされていない。
もちろん落ちた城跡が見られるわけもなく城址碑や慰霊碑
崩れた崖があるだけです。
近くに帰雲神社もあると言うことですが、やはり地図では見つかりませんでした。
機会があれば白川郷にも行ってみたいです。
いつも通り過ぎるだけなので・・・。
世界遺産にもなっている白川郷
そこにあるのが帰雲城(かえりぐもじょう)伝説。
私はきうんじょうだと思っていました。
御母衣ダムの北側にあると言う
大野郡白川村大字保木脇の周辺地図
さてこの帰雲城伝説とは?
これは天正13年(1586年) の大地震の際帰雲山が大きく崩れた。
そのふもとにあった帰雲城とその城下町も岩が落ち全て飲み込まれた。
帰雲城は戦国時代に白川郷に進出した内ヶ島氏の居城で、
1464年に保木脇に建てられた。
そのころ金山を所有・採掘していたため城とともに黄金が埋蔵しているのではないかと言われている。
その金額は何億とも推測されている。
いわゆる「黄金埋蔵伝説」
昔話とも違い歴史になぞらえ言い伝えられている話だが
調べてみると、実際に掘った人はいるようだが発見はされていない。
もちろん落ちた城跡が見られるわけもなく城址碑や慰霊碑
崩れた崖があるだけです。
近くに帰雲神社もあると言うことですが、やはり地図では見つかりませんでした。
機会があれば白川郷にも行ってみたいです。
いつも通り過ぎるだけなので・・・。

