神戸町の伝説に『夜叉ヶ池』というのがあります。
子供のころに読んだひとつです。
神戸町は大垣市、瑞穂市、池田町、大野町に囲まれたところにあります。
では、お話しに入りましょう♪
むかし、むかし、美濃(みの)の国の神戸(ごうど)というところに安八太夫(あんぱちだゆう)という長者がいました。
この長者は、たくさんの田畑を持ち、また多くの百姓を治めておりました。
太夫は、とても優しい人で、多くの人から頼りにされていました。
八百十七年、大変な日照りが続きました。
ふた月余りも、一滴の雨も降らないので、ほとんどの田んぼが、かんかんに干上がってしまったのです。
田や畑は、かわききって、作物は、何一つ満足に育たぬありさまです。
広い田畑は一面枯れ野原となってしまいました。
百姓たちは、今日は降るか、明日は降るかと、祈るように空をあおいでいましたが、来る日も来る日も、お日様が青い空にギラギラと照るばかり。
稲の葉は、先の方からだんだんと黄色くなっていきました。
「いくら、神様や仏様にお祈りしても、いっこうに雨は降ってくれない。
こんな日照りが続いたら、このあたりの田の稲、すっかり枯れてしまうわい。
そんなことになったら、百姓たちは、途方にくれてしまう。
何とかならぬものか。困ったことじゃ。」
安八太夫は、カを落として、今日もあぜ道に腰をおろして、考えこんでしまいました。
すると、そばの草むらから、一匹の小さなへビがちょろちょろと、はいだしてきました。
そして、太夫の足もとに、とぐろをまき、赤い舌をペロペロ出しました。
太夫は、わらをもつかむ思いで、おもわずこのへビに祈るように言いました。
「これヘビよ。おまえも生あるものゆえ、少しはわしの心をさっしてくれ。」
「苗代を作って、種をまき、田を耕して、田植えをし、田の草をかき、やっとここまで育てあげた稲がこのありさまじゃ。
ああ、ひと雨ざあっと降ってくれぬかなぁ。
なあへビよ、天に昇って雨を降らしてくれ。もしそれができなければ、今そなたがいるこの領地は私の持っているところ、とっとと立ち去れ。
もしも願いがかなったならば、ほう美としておまえが望むものを何なりとくれてやるのに……………。」
太夫は、まるで人間に話すかのように、ためいきまじりのひとりごとを言いました。
すると、ヘビは、その言葉がわかるかのように、かま首をたれて聞いていましたが、やがて草むらの中へするすると姿を隠してしまいました。
その日もやがて重苦しい夏の夜を向かえようとしていました。
その時です。にわかに外の様子が恐ろしく、騒がしくなるかと思うや、北西の山から、黒雲が湧き、空一杯に広がってきました。
風をおこし、龍巻のように凄い稲妻と雷鳴がとどろきました。
おそいかかるような冷気が天地を包んだかと思うや、大粒の雨が乾ききった大地に土煙を上げて、叩きつけました。
ひさしにかかる雨の音に、太夫は目をさましました。
「おお、雨じゃ、雨じゃ。」
太夫は、びしょ濡れになったまま、あたりをおどるように飛びはねました。
雨は、激しく又、静かに、ひっきりなしに降り続きました。
みるみるうちに、田んぼは、一面の池のように、たっぷりと水がたたえられ、草木は生き生きとよみがえったのです。
みの笠に身をかためた太夫は、一日中、あちこちと広い田んぼを歩きまわりました。
うれしくて、自然に笑いがこみあげてきました。
雨も、ようやく上がった日、太夫の家では、恵みの雨に感謝するお祝いの宴が開かれていました。
すると、太夫の玄関に人の声がしました。
「頼もう。頼もう。」
気品の高い若武者が、太夫にお合いしたいと訪ねて来たのであります。
「何の御用で…そなたのお名前は…」
「驚きくださるな。私は、いつぞや田んぼでお目にかかったへビであります。実は、私は美濃の山奥越前との国境、三国岳の北の端、美越の池に住む龍神 でございます。
久しぶりに野に降りて来たあの日、あなたとお目にかかったのです。その時あなたは、 領民を救え、雨を降らせよと必死に願をかけていました。
よもやお忘れでは……。私は、その 願いに応えて雨を降らせてみました。
今日は、その時お約束をしていただいたとおり、 私の望むものをいただきに参りました。」
「その望みとは、太夫の娘さん三人のうちの一人を、私にいただきたいのです。」
その若武者の言葉に太夫は、聞き返す言葉も無くし、びっくりどうてんしてしまいました。
これは、とんでもをいことになったと、心の中で思いましたが、確かに約束したことでありますから、いまさらいやとは言えません。
「とにかく、娘たちに話してみます。 しばらくお待ちを……。」
「えらいことになってしまった。さて、どうしたものか。」
あわてて自分の部屋へひきさがり、手をたたいて 娘たちを呼び入れました。
太夫は、ぽつりぽつりといままでのいきさつを娘 たちに話しました。
しかし、三人の娘は、誰一人として若武者に姿を 変えた龍神のお嫁さんになることを、承知するはずがありませんでした。
涙にくれながら娘たちは、部屋を出ていってしまいました。
しばらくして、二番目の娘の夜叉姫が太夫の部屋に入って来ました。
「どうしたのじゃ。」
「約束のように雨を降らせていただき、多勢のお百姓さんが、助けられました。父上も約束を守るよりしかたがないと思います。
このうえは、私が龍神様へお嫁に参ります。」
「おお、それではお前が承知してくれるのか。」
「おまえのおかげで、この父の身も、百姓たちも助 かるのじゃ。心から礼を言うぞ。」
「嫁入りの支度もいるじゃろ。望みのものはなんなりと申せ……。」
「いいえ、私は何もいりません。ただ、私は今、機屋で麻布を織っていますので、それをいただいてまいります。」
まもなく、娘は織りかけの麻布を身にまとって、機屋から出てきました。
そして、若武者に伴って、家を出、父に向かってていねいにおじぎをすると、水かさの増えた揖斐川の流れの中に旅立ったのであります。
太夫は、声も出なくて、庭に立ったまま見送っていると、娘の身にまとった麻布だけが、時間の中でも白く長く、雨の中に尾をひいて見えました。
今でも、揖斐川の澄んだ川底には夜叉姫の残していった、白い布が長く残っていると伝えられています。
参考にした書籍
岐阜県小中学校長会編(ぎふけんしょうちゅうがっこうちょうかい)「美濃(みの)と飛騨(ひだ)のむかし話」

